ポリヴェーガル理論について、学び理解を深めていく内に、ある疑問がわいてきました。
ポリヴェーガル理論を普段の生活でどのように利用すればいいのか?
です。
ポリヴェーガル理論はトラウマや人間の自律神経系を理解する上で非常に役に立ち、カウンセリングなどにも取り入れられています。
しかし、この理論を理解するだけでは効果が薄く、実際に利用しないと意味がありません。
今回はポリヴェーガル理論をどのように日常生活に取り入れ、実践していくかについて解説していきます。
なお、この記事は【実践編】としてポリヴェーガル理論をある程度理解している方に向けた内容になります。
ポリヴェーガル理論を知らない方はこちらの記事も参考にしてください。
1,参考書籍
今回参考にした書籍はデブ・デイナ著セラピーのためのポリヴェーガル理論です。
ポリヴェーガル理論はトラウマの症状や反応を理解する道を切り開いた理論です。
しかし、この素晴らしい理論を臨床や日常生活に反映させる方法はあまり知られていません。
セラピーのためのポリヴェーガル理論はポリヴェーガル理論をわかりやすく説明するだけでなく、トラウマの被害者が再び安全を取り戻すための、より実践的な方法がわかりやすく解説されています。
ポリヴェーガル理論の応用編として、トラウマ被害の当事者、その家族、カウンセラーなどにおすすめの書籍となっています。
2,ポリヴェーガル理論について簡単におさらい
ポリヴェーガル理論とは人間の自律神経系に関する理論のことです。
人間の自律神経は交感神経と副交感神経があり、これらがバランスよく働くことで、意識しなくても様々な環境に適応することができます。
ポリヴェーガル理論の肝となる考えは、自律神経には交感神経と2つの副交感神経が存在しているという点です。
これらの神経は人間の進化の過程で獲得したもので、古いものから背側迷走神経(副交感神経)、交感神経、腹側迷走神経(副交感神経)となっており、それぞれの反応を下に示します。
・背側迷走神経(生命の危機)-不動化、シャットダウン、解離
背側迷走神経の反応は古い生き残りをもとにしており、崩壊とシャットダウンを通してエネルギーを温存する。この反応により脳への血流を減らし、解離が起きる。
・交感神経(危険)-可動化、闘争・逃走
交換神経は可動化をもたらし、危険に敏感になり「闘争か逃走か」の行動を可能にする。防衛的な可動化が始まると、自己調整が難しくなる。
・腹側迷走神経(安全)-安心、社会的つながり
安全とつながりの感覚をサポートする。腹側迷走神経優位な状態では、穏やか、幸せ、親切、活動的、リラックス、楽しいといった状態を味わうことが可能になる。
私たちは周りの環境や他者とのつながりから、安全、危険、生命の危機という合図を見極め、自動で適切な神経回路のスイッチを入れます。
この一連の反応は、生物の生き残りをかけた反応で、完全な無意識で行われています。
トラウマなどによる精神的な症状に苦しめられ人は交感神経による激しい闘争・逃走反応(過覚醒)か背側迷走神経による不動化(低覚醒)というどちらかの極端な反応に閉じ込められている状態なのです。
それと同時に安全であるという腹側迷走神経とのつながりを絶たれています。
身体の神経系は人生初期の体験によって形成されますが、希望はあります。
新たな体験によって神経系が再構築されることは可能だからです。
日常生活にポリヴェーガル理論のエクササイズを取り入れれば、神経系に影響を与え、腹側迷走神経とのつながりを取り戻すことができます。
3,ポリヴェーガル理論の実践、神経系のマッピング
ポリヴェーガル理論を学ぶことで自律神経系の3つの基本的な要素を学ぶことができたと思います。
そして、日常生活でポリヴェーガル理論を実践するためには、普段の何気ない瞬間に意識を集中させ、自律神経のマッピングを行う必要があります。
マッピングとは自分の身体反応、信念、感情、行動をじっくり観察し、「安全」、「危険」、「生命」の危機という3つの自律神経系(地図)のどこにいるのかを認識することです。
実際にマップ作りをやってみることで、人とか関わったり、何気ない瞬間の自分の癖や習慣を知り、安心の感覚を作り出すためにはどうすれば良いのかを徐々に理解することができます。
また、自律神経のマッピングを行うことで左脳と右脳を同時に刺激することも可能です。
まず、右脳を使って自律神経系の3つの状態の時の身体感覚を味わいます。
次に左脳を使って、それを言語化するのです。
3つの自律神経系のマッピングを行うことで、自分の自律神経の状態にいるかを意識する習慣を作ることができます。
それでは具体的なマッピング方法を紹介します。
マップ1
マップ1は「私は自律神経系の地図のどこにいるか?」という質問への答えを探すマップです。
このマップを使って、自分の場所(安全、危険、生命の危機)を特定し、自律神経系の状態を認識するために必要なスキルを作り出すことができます。
そうすることで、各状態の目印となる自分の身体、思考、感覚、行為を説明することができます。
マップ2
マップ2は「何が私をここにやってこさせたのか?」という質問の答えを探すマップです。
トラウマの被害者を交感神経系や背側迷走神経系に導くトリガーと呼ばれるものあり、それを明らかにします。
いっぽうで腹側迷走神経系が発動する瞬間も必ず存在します。
マップ2ではこの両方を認識することが大切です。
トラウマを受けた人は、トリガーにより簡単に「闘争・逃走反応」や「不動化」に追いやられてしまうため、腹側迷走神経系とのつながりに気づきにくいという特徴があります。
ほんのわずかでも安心できる瞬間があったら、そこを見逃さないようにしないといけません。
マップ3
マップ3は「どうやったら腹側迷走神経の調整への道を見つけられるか?」という答えを探すマップです。
私たちは必ず自分自身を調整するための潜在的な能力を持っています。
自律神経を腹側迷走神経へと調整できる資源を特定するためのマップです。
自分を調整するための資源は育ってきた環境により、人それぞれ大きな偏りが生じています。
趣味に没頭することが腹側迷走神経とのつながりの資源になる人もいれば、特定の人間関係の場合もあります。
そもそもそのような資源は存在しないと感じている人もいるでしょう。
マップ3ではどのようなことで安心を感じられるのかや自己調整のための資源の有無を明らかにする助けになります。
4,はしごの概念を利用して、自律神経エクササイズ
自律神経系をエクササイズし、日常生活で実践するためには、自分の反応をマッピングすることが大切で、マップ1~3はそれに役立つでしょう。
1~3のマップを作成するために、はしごの概念を利用することをおすすめしています。
マッピングの最初の段階では、はしごをイメージすると非常にわかりやすいからです。
はしごのイメージにより背側迷走神経系から腹側迷走神経へと安全に移行する感覚が持てます。
はしごの下から頂上へ飛び越える努力は必要なく、一段ずつ確実に進んでいく感覚を持つことが大切だとわかると思います。
人間の進化の根本にある背側迷走神経系は、はしごを支えるための土台で、力を与えてくれる交感神経を通って、腹側迷走神経系の社会的なつながりの状態へと上がっていくことができます。
それでは今から1つの質問をします。
あなたは今はしごのどこにいますか?
この質問を自問することで自律神経の状態をイメージしやすくなります。
また、はしごを使ったマッピングを利用することで、自律神経の移動(上り下り)を追跡しやすくなります。
このようなマッピングを日常生に取り入れ、実践すれば、自律神経の重要なエクササイズになることは間違いないでしょう。
ポリヴェーガル理論で用いられる自律神経系の状態を楽しみながらマッピングすることが大切です。
5,自分の地図を完成させる。
「あなたは今はしごのどこにいますか?」という質問により、自分がどこにいるのかを把握できたと思います。
トラウマがある人は、はしごの下の方(背側迷走神経系)にいることが多いかもしれませんが、気にしなくて大丈夫です。
自分の状態を正確に把握することが大切で、それ自体が活性化につながります。
また、腹側迷走神経系に移行するためには、交感神経を通らなければいけないため、激しい情動に陥っても、それを許すことができます。
現在の自律神経の状態を正確にくみ取れたら、その時の感覚を記録していきましょう。
私自身のマップを参考にしてください。
私の場合
- 背側迷走神経ー暗い、冷たい、絶望、無力、動けない、空しい
- 交感神経ー怒り、混乱、恐怖、イライラ、感情の爆発
- 腹側迷走神経ー温かい、笑顔、安心、人とのつながり
という言葉で感覚を表現しました。
背側迷走神経や交感神経の感覚を感じるのは辛いかもしれませんが、無理せずゆっくり取り組むことが大事です。
腹側迷走神経の感覚はじっくり味わいましょう。
最後に日常生活でどのようなことがトリガーとなっているかを書き込み、マップは完成します。
トラウマや精神的に不安定な人にとって、背側迷走神経や交感神経が発動するトリガーは簡単に見つけられると思いますが、腹側迷走神経のトリガーを発見するのは難しく感じるかもしれません。
しかし、日常生活で安全や安心を感じる瞬間は必ず存在します。
それを見逃さずに記録していきましょう。
腹側迷走神経を味わうのに有効とされているのが動物と接することです。
ペットとの愛情的なつながりは間違いなく腹側迷走神経を刺激します。
私も子どもの頃犬を飼っており、辛い学生生活の中、犬の頭を撫でるととても温かい気持ちになったことを覚えています。
また、自然にふれあう体験も腹側迷走神経を刺激します。
特に人間関係によるストレスが多い方は、自然に触れることで腹側迷走神経系有優位な状態へと導くことができます。
私のトリガーの記録も参考にしてください。
このように自分だけの地図を完成させることによって、日常生活でどの神経系の状態を最も頻繁に使うかを理解できます。
私自身もそうですが、交感神経系や背側迷走神経系の作用が長く感じる方も多いかもしれません。
しかし、そのトリガーを知り避けることで、交感神経系や背側迷走神経系から抜け出すことは可能なのです。
そして、腹側迷走神経のトリガーを多く取り入れ、安心できる感覚を長く、じっくり感じてください。
今ははしごの一番下にいても、一段ずつ登っていくことは絶対にできます。
はしごを登ったり下りたりを意識することが、自律神経のエクササイズになり、少しずつ上にいる時間を長くすればいいのです。
そのためにトリガーを見つけることが非常に大切で、トリガーは人によって全く異なります。
他者と関わることで腹側迷走神経が刺激される人もいれば、背側迷走神経が刺激されてしまう人もいます。
間違いなく言えることは、私たちの行動は自律神経系の状態によって影響を受けていると言うことです。
自分だけのポリヴェーガルマップを作成し、日常生活で実践できれば、自律神経の最高のエクササイズになるでしょう。
5,まとめ
今回作成した地図を日々の生活に取り入れることで、自分の自律神経の状態と、自分がそれぞれの状態を出入りするパターンについて理解することができます。
まずは自分の状態を理解するプロフェッショナルを目指しましょう。
ポリヴェーガル理論を実践する上で大切な質問を復習します。
- 今はしごのどこにいますか?
- 何が私をここにやってこさせたのか?
- どうやったら腹側迷走神経の調整への道を見つけられるか?
です。
自分の状態を把握することは意外と難しく、背側迷走神経や交感神経に圧倒されてしまうかもしれません。
しかし、続けていれば、次第に楽にできるようになります。
セラピーのためのポリヴェーガル理論では今回紹介したこと以外にも、腹側迷走神経とつながる方法がたくさん書かれています。
安心、安全への資源を見つけられない人にとってはとても参考になる内容です。
ポリヴェーガル理論を日常生活で実践し、自律神経のエクササイズを行い、安心へのつながりを強化していきましょう。