近年我が国において、ADHD(注意欠陥/多動性障害)やASD(自閉症スペクトラム障害)などの発達障害と診断される人の数が急増しています。
それと同時に生きづらさを感じ、途方に暮れてしまっている人も多いはずです。
なぜこれほどまでに数が増えたのでしょうか?
その背景にはいったい何が潜んでいるのでしょうか?
発達障害の裏には虐待、トラウマ、複雑性PTSD、そして愛着障害、これらが複雑に絡み合っている可能性があります。
そして発達障害を正しく理解するためには複雑に絡み合った糸を解いていくしかないのです。
1、参考にした書籍
今回参考にしたのは、日本における発達障害治療の第一人者である杉山登志郎先生が書いた書籍、発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療です。
日本のトラウマ治療は世界的に見ても遅れを取っていることは明白ですが、今後のトラウマの治療、発達障害の治療について明るい光を照らしてくれる一冊となっています。
これは数多くの発達障害児の診察を行い、そこから得られた経験と知識、多くのデータから導き出されたものです。
発達障害や複雑性PTSDを正しく理解することができ、最新の治療法も学ぶことができます。
当事者はもちろんですが、親や教育者も一度は必ず目を通しておくべき本です。
2、虐待が発達障害を生み出すのか
近年、虐待の数が増加しているのは知っているでしょうか?
2019年は19万件越えと過去最多を更新しています。
児童虐待の増加と発達障害の増加は深く関係していると予想できます。
発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療の中でもこう書かれています。
この外来を開設して真っ先に驚いたことは、受診する被虐待児に、発達障害と診断される子供が少なくないことであった。少なくないというレベルではない。愛知小児センター子育て支援外来における10年間の統計資料では、1110名の被虐待児のうち、自閉症スペクトラム障害(ASD)と診断された子供は323名(全体の29%)、ASDを除外した注意欠陥/多動性障害(ADHD)174名(全体の16%)、ASDとADHDを除外した知的障害95名(全体の9%)であり、発達障害の子どもは592名と、全体の53%を占めていた。
p.11
統計からもわかるように発達障害が虐待のリスクを高めることは明らかなようです。
しかし、ここで問題となるのが、その逆の虐待により発達障害になるのか?ということです。
よく議論にあがりますが、生まれつき発達障害があったのか、それとも育った環境で発達障害になったのかの問題です。
確かに子ども虐待の後遺症により発達障害によく似た症状が出ることは指摘されています。
なぜ発達障害に似た症状がでるのでしょうか?
その答えは、虐待の陰に潜む愛着障害です。
愛着は子どもが親などの大人にくっついた時に得られる安心感のことで、この安心感があると不安に駆られることなく困難に立ち向かっていくことができます。
これが愛着の形成です。
愛着障害はこの安心感を得られない状態で育ったときに生じ、極端なネグレクト状態が続くと、ASDに似た症状が出ることがあります。
また、虐待のような緊張と警戒が続くなかで育つと、落ち着きのなさや集中困難などのADHDに似た症状が出ます。
このような愛着障害によって生じた症状を、実際のASDやADHDと鑑別することは非常に困難なのです。
また、もう一つの虐待の後遺症として解離性障害があります。
解離とは心身がバラバラになる現象で、非常に辛い経験をしたとき、心がシャットダウンし、意識が身体から切り離されてしまう現象です。
虐待はなぜこのような多岐にわたる症状をもたらすのでしょうか。
それは虐待により私たちの脳が変化したしまうためです。
発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療の中で脳に与える影響について書かれている。
p.15
性的虐待における後頭葉の萎縮、および脳梁の萎縮、暴言被曝による側頭葉の肥大、複合的虐待による海馬の萎縮など、一般の発達障害よりも脳にはるかに広大な異常が認められた。
つまり、虐待のような長期にわたるトラウマが脳に変化をもたらし、ADHDやASD、解離性障害、うつ病、双極性障害など様々な症状を生み出すということです。
本来ADHDと解離性障害は何の関係もないし、ASDと双極性障害も同様に関係がありません。
しかし、愛着障害( 虐待によって生じた )によるADHDやASD、解離性障害、うつ病、双極性障などは同じものから生じているのです。
これをを杉山登志郎先生は第四の発達障害と名付けました。
これは身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中でベッセル・ヴァン・デア・コークが述べている発達性トラウマ障害と同じ意味です。
3、世代間に深く絡み合う発達障害
母親にASDが認められる場合、子育てに問題を生じやすいです。
また、夫婦どちらかに未診断の発達障害がある場合は、その配偶者も発達に何かしらの問題を抱えている場合が多いといいます。
このような夫婦に生まれる子供は発達障害が生じやすいだけでなく、愛着の形成も上手くいかず愛着障害になりやすいのです。
それだけでなく母親にも父親にも何らかの精神疾患を抱えている場合があり、特にうつ病や躁鬱病が非常に多いことがわかっていて、ASDやADHDはうつ病や双極性障害を併発しやすいのです。
また、親自身が虐待を受けた経験がある場合、激しい気分変動などの複雑性PTSDに似た症状を持つことがあります。
つまり、子供に認められる症状と基本的には一緒なのです。
世代間連鎖によって子どもの虐待が世代を超えたとき、発達障害の症状が一時的な問題か、二次的な問題(第四の発達障害)か分からなくなってしまいます。
子どもは発達障害で虐待を受けていて、親の側は発達の少なくても凹凸を認められ、さらに親自身が元被虐待児で今は加害者側になっている、という状態が非常に多いのです。
長期にわたるトラウマがASDやADHDに似た症状を呈することは確かですが、虐待のような愛着障害が絡む発達障害の場合、一般的な発達障害より難治性である場合が多いようです。
その理由としては、家族状況が不良で当人を支えてくれる人がいないこと、それに伴い愛着が未形成で、なにより虐待によるトラウマがあり、親子共々複合的なトラウマを抱えている場合が多いのからです。
4、複雑性PTSDと発達性トラウマ障害
まず、複雑性PTSDの特徴となる症状からみてみましょう。
一番の症状は気分変動で、子供の場合は癇癪の爆発、大人の場合は制御不能なイライラです。
大人の場合は双極性障害Ⅱ型に似ていますが、一般的な気分調整剤の服用のみでは非常に難治性であることが特徴です。
双極性障害というより、トラウマ由来のフラッシュバックによる癇癪の爆発や制御不能なイライラと考えた方が自然でしょう。
次に記憶の断裂で、一日以内の食事内容を思い出せないなど、記憶の断片化が認められます。
発達障害も複雑性PTSDも時間的な見通しを立てることに困難を抱えているのです。
時間的混乱が著しく、日内リズムの慢性的混乱が認められています。
おそらく戦闘的なモードから脳を休めることができず、眠気がなかなか生じないのでしょう。
そして様々な身体症状が現れ、頭痛、腰痛などの慢性的疼痛が高い頻度で認められます。
トラウマによって引き起こされる症状は多岐にわたりますが、実は同じ根源からもたらされるものなのです。
一つは愛着障害、もう一つは複雑性のトラウマ体験です。
複雑性のトラウマとは、子どもの虐待のような慢性のトラウマのことで、単回性のものとは全く異なる症状を呈すが、さらにそこには重症の愛着障害が重なり合うのです。
杉山登志郎先生は虐待によってもたらされる愛着障害が、発達障害というかたちで表面化してくると述べています。
もちろん、発達障害がすべて虐待によるものではありません。
しかし、被虐待児が成長過程において発達障害の症状が現れることは確かなのです。
そして、虐待を受けた人はトラウマになる可能性のある出来事を引き寄せやすく、症状はより重くなります。
虐待を受けた人の脳を調べてみると、脳の器質的、機能的変化は、一般的な発達障害より重症なのです。
5、根底にある愛着障害
発達障害と虐待の両方が認められた場合、もともと発達障害があったのか、子供虐待の後遺症である愛着障害として発達障害に似た症状が出るのかわからなくなってしまいます。
そして、そこには発達障害とトラウマが深く絡み合っているのです。
特に長い期間にわたってトラウマとなる出来事にさらされることで生じる複雑性PTSDの症例において、後になって発達障害の有無に限らず、難治性の気分変動が長期にわたって認められるようになります。
さらに発達障害の成人例で難治性の気分変動を有する場合、愛着の深刻な障害や子供虐待などの既往が認められることが多いです。
繰り返しになりますが、愛着とは幼児が不安に駆られたときに、養育者の存在によってその不安をなだめる行動です。
その課程において養育者の存在は幼児の中に徐々に内在化され、養育者が目の前にいなくても不安をなだめることができるようになります。
これこそが愛着の形成であり、愛着の未形成は自ら不安をなだめることを困難にし、そのため情動調整の障害が生じてしまうのです。
愛着の未形成は社会性や共感性の欠如、多動性の行動障害、フラッシュバック、さらに難治性の気分変動をもたらすのです。
6、薬物療法について
杉山登志郎先生は発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療の中で薬の少量処方が非常に有効であると述べています。
この気分変動に対して有効なのが提示した症例で用いた炭酸リチウムの極少量である。筆者の臨床経験では、発達障害およびトラウマが基盤にあると考えられる気分障害の症例において、抗うつ薬は躁転を引き起こすので禁忌、また抗不安薬も抑制を外すだけで行動化傾向を促進し、こちらも禁忌である。
p.50
発達障害の過敏性を考えると、一般の成人量を処方すると副作用のみが強く表れるようです。
症状が強くなるからと言って薬を増やしては逆効果で、薬の大量摂取につながって非常に危険なのです。
薬を増やすのではなく、極少量に減らすことで薬物のメリットの部分を強く感じられるのかもしれません。
重要なのは、薬を使用しない治療法も、同時に見つけなければならないのことです。
なぜなら、薬は上辺の症状に対する対症療法で、根本的な解決にはならないからです。
薬を使わない治療法についてはこちらの記事も参考にしてください。
7、まとめ
もともと発達障害があったのか、長期間のトラウマにより発達障害のような症状が出たのかはよく議論にあがります。
しかし、どちらにせよ発達障害の症状を呈すると言うことは、脳の機能に凹凸があり、臨床的に発達障害の治療が必要ということです。
そして、もともとの発達障害の有無にかかわらず、そこにトラウマがかけ合わさるとより重く、難治性の症状になってしまいます。
発達障害の治療と同時にトラウマへの治療も必要になってくるのです。
現在の日本はトラウマで溢れかえっています。
虐待やいじめは今なお増え続けているのですから。
日本は虐待やいじめの対策を完全に失敗していると言わざるを得ません。
トラウマを甘く見すぎているのです。
一昔前だと、恵まれない環境で育った子は非行に走る場合が多かったが、今は非行に走る子供は減っています。
しかし、その代わりに発達障害として表面に現れており、その数は急激に増えているのです。
その中には、もともと発達障害である人、愛着障害による人、長期トラウマによる複雑性PTSDの人が複雑に混ざり合っているのでしょう。
今回の記事を書いていて感じたことは、一重に発達障害と言っても、その裏にはさまざまなことが隠されていて、複雑に絡み合っているということです。
その複雑さが臨床の現場に混乱を招き、誤診や間違った治療の原因となっているのかもしれません。
少なくても患者の育ってきた環境や家族に何が起きているかを知らなければ正しい治療は不可能なのです。