EMDRがトラウマを癒す理由と、自分で行う際の注意点

EMDR

EMDRとは眼球運動による脱発作および再処理法の略で主にPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療に用いられる新しい心理療法です。

PTSDだけではなくパニック障害強迫性障害など、ほかの精神疾患にも効果があることが報告されています。

また、トラウマ被害を受けやすいと言われている、自閉症スペクトラム障害(ASD)などの発達障害を持った人の治療にも用いられることがあるようです。

しかも、セラピストが行う左右の指の動きを目で追うだけのとても簡単の方法です。

これだけのことでトラウマ記憶を過去に葬り、私たちをトラウマから解放してくれます。

今回はEMDRがなぜトラウマを癒すことができるのか?また自分で行っても大丈夫なのか?など気になる疑問について調べてみました。

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EMDRの特徴と技法

EMDRの方法は、まずトラウマを負ったときの詳細に立ち戻って、その時目にした光景、聞こえた音、頭によぎった考えを思い出し、ただトラウマが戻ってくる感覚に身を任せます。

そして、セラピストの指の動きを目で追い、何か心に浮かんでくるものがあれば、それに注意を向け、最後にまた指の動きを目で追うのです。

トラウマを想起しながら眼球を25回から30回ほど左右に動かすことを続けると、トラウマ映像が変わっていくのがわかります。

最初に標的としたイメージとの距離がとれ、想起にまつわる苦痛が薄れていくのです。

それにともなって、最初は想起されなかった新たな映像が浮かび上がってきます。

EMDRの特徴について身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中でこう書かれています。

・EMDRは心、脳の中で何かを解きほぐすので、人は緩やかに結びついた過去の記憶とイメージに素早く接触できるようになる。これがトラウマ体験をより大きな前後関係や視野に収める助けになると思われる。

・人はトラウマを話さなくても、トラウマから回復できるのかもしれない。EMDRは他者と言葉をやりとりすることなしに、自分の経験を新たなかたちで観察できるようにしてくれる。

・患者とセラピストの間に信頼関係がなくても、EMDRは手助けになりうる。これはとりわけ魅力的だった。当然のことだが人はトラウマを経験すると心を開いて他者を信頼し続ける事は稀だ。

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私が考えるEMDRの一番の利点は、トラウマを安全に癒すことができることだと思います

つまり、人が再びトラウマを負うことなしに、トラウマを引き起こした過去に立ち戻ることができるのです。

トラウマを治すためには、トラウマの痕跡に安全にアクセスし、過去の出来事についての記憶を変えなければいけません。

EMDRが安全な理由の一つが、トラウマを語ることを必要としない点です。

トラウマになるような出来事、特に長期間のトラウマによって発症する複雑性PTSDなどは、トラウマの言語化が極めて困難です

ひとたび言葉にすると、トラウマに関する記憶やそれに伴う感情が一気にあふれ、フラッシュバックに圧倒されてしまいます。

トラウマを語ることは、体の中に凍り付いている感覚や感情を、より強固なものにする可能性があり、とても危険だと感じます。

治療効果について

身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中でEMDRの効果についてこう書かれています。

たった3回のEMDRセッションを受けた後、12人のうち8人はPTSD得点が優位に下がっていた。スキャン画像を見ると治療後に前頭前皮質の活動が急激に増加しており、さらに、前帯状皮質と大脳基底核の活動が前よりもはるかに盛んになっていた。トラウマ記憶の経験の仕方が変わったのは、この変化で説明できるかもしれない。88人の参加者のうち、30人はEMDRを受け、28人はプロザック(フルオキセチン)を、残りは砂糖の偽薬を与えられた。EMDRを受けた患者はプロザックや偽薬の人より大幅に改善した。EMDRのセッションを8回行った後、4人に1人は完全に回復した。これに対してプロザックのグループで回復したのは10人に1人だった。だが、本当の違いは、時の経過と共に表れた。さらに8ヶ月後に参加者を診察したときEMDRを受けた人の六割の評価得点が完全な回復を示していた。

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EMDRを受けた人とそうでない人を比べると、EMDRがトラウマからの回復にいかに有用な手段であるかがわかります。

また、MRIなどの画像検査によっても、脳の機能が活性化していることが証明されているようです。

特に留意すべき点は、EMDRによってトラウマを癒すことができれば、その後も良い状態を保ち続けることができるところです。

これはトラウマを負ってしまった人にとっては、とてつもなく大きな希望になります。

薬物療法は一時的にトラウマから解放してくれるかもしれませんが、服用をやめた途端、また悪化してしまうでしょう。

実際にEMDRは薬物療法に比べてより大きな効果をあげているという結果が出ているのです。

そう考えるとEMDRはトラウマを根本から解決してくれる治療法なのかもしれません。

つまり、脳の低下している機能を回復し、トラウマ記憶も変えることが出来るということです。

ただ感覚を麻痺させ、辛さを感じなくさせるだけの薬物療法とは訳が違います。

頑固なトラウマは体の奥底に凍りついており、溶かすことは非常に難しいのです。

しかし、一旦溶け始めると、後は自然と回復に向かうでしょう。

EMDRはトラウマを癒すきっかけを与えてくれるのかもしれません。

なぜトラウマを癒すことが出来るのか?

EMDRは偶然の観察結果から生まれました。

開発者であるフランシーン・シャピは辛い記憶で頭がいっぱいの状態で公園を歩いていたとき、素早い眼球運動によって苦しみから劇的に解放されることに気づきました。

なぜ、このような単純なプロセスがトラウマを処理できるのでしょうか。

諸説ありますが、レム睡眠と関係があるとされています。

レム睡眠中に目が高速で左右に動くことは研究によって知られています。

夢を見ているとき、つまりレム睡眠が気分の調節に重要な役割を果たしているのです。

レム睡眠時に目が素早く動きますが、そのことで私たちは記憶の処理を行っていることを知っていますか?

そして、同じ事がEMDRでも起こります。

レム睡眠の時間が増えると、うつが軽減し、レム睡眠が減ると抑鬱状態になりやすくなってしまいます。

PTSDなどは睡眠障害を引き起こし、アルコールや薬物はレム睡眠を妨げてしまうのです。

また、EMDRが記憶を書き換えることが出来る理由についても、睡眠で説明が出来ます。

深い睡眠とレム睡眠はともに、時間の経過に伴う記憶の変化に重要な役割を果たしています。

睡眠中の脳は、情動的に有意義な情報の痕跡を増やす一方、意義のない情報が徐々に薄れるのを助けることによって、記憶を作り変えます。

つまり、睡眠中の脳は目覚めているときには意義が分からない情報を理解して、それを統合しているのです。

夢は古い記憶の断片を何ヶ月も何年にもわたってさえ、再生し、再統合し続けます。

一見すると無関係な記憶どうしの新たな関係を作り出すのに夢が役立っているのです。

EMDRの「そのイメージを心の中に保持したまま、左右に動く私の指をただ目で追ってください」という基本的な指示によって、夢を見ている脳で起こることが上手く再現されるのかもしれません。

そして、EMDRにより一度ネガティブな記憶がひっくり返ると、まるでオセロゲームのように他のネガティブな記憶も次々とプラスに逆転するのです。

自閉症スペクトラム障害(ASD)にもEMDRは効果があるのか?

EMDRによるトラウマ処理を自閉症スペクトラム障害(ASD)の患者に行うとき、ASD特有の困難さがあるようです。

それはASD患者が二つのことを一緒にするのが非常に困難だからです。

つまり、トラウマの想起と眼球運動を同時に行えないのです。

さらに記憶のネットワークが定型発達の人と異なっているため、治療効果の現れ方も異なります。

通常であれば、一つネガティブな記憶が処理されると、次々と他の記憶もプラスに転換するはずです。

しかし、ASDではこのようなことが起きません。

一つの記憶を変えることは容易ですが、その記憶が変わるだけで、他の記憶まで影響を及ぼさないのです。

また記憶の処理速度も通常より遅いため、通常のEMDRではなく、より工夫を加えたEMDRが必要になります。

そこで開発された方法が眼球運動ではなく、機械により触覚的交互刺激を与える方法です。

受け身の交互刺激を行うことで、個々のトラウマに対し、個別に交互刺激を行うのです。

この方法を杉山登志郎先生は発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療の中でチャンスEMDRと名付けています。

ASDの人はその特性上、様々なトラウマの被害に遭いやすいですが、いかにトラウマを処理できるかが、障害を克服する上で非常に重要になります。

病名や障害によって少しずつEMDRのやり方を変えていく必要があるようです。

EMDRは自分でできる?

EMDRを自分1人で行うことはお勧めしません。

間違った、自己流のやり方でやっても効果を感じられなかったり、逆効果になってしまう場合もあるからです。

つまり、熟練した専門家の元、安全な環境で行うことが、EMDR を受ける上での絶対条件なのです。

しかし、今の日本ではこのハードルがとても高いと言えます。

一つはEMDRの専門家が少ないこと、もう一つは費用が高いことです。

そこでEMDRに変わる、自ら出来る安全な方法として、タッピングバタフライハグがあります。

タッピングは左右の眼球運動を体へのタッピングによる左右の交互刺激で代用する方法です。

これは記憶を再処理するのは眼球運動だけでなく、左右の交互刺激も同様の効果があると言う考えから導入され、実際の臨床現場でも用いられています。

眼球運動だけでなく、左右交互刺激であれば、何でもそれなりに効果があることが確かめられているようです。

やり方は簡単でトラウマを想起しながら、その感覚に意識を集中させ、体を左右交互にタッピングするだけです。

タッピングする場所は腹(肋骨下)、鎖骨下(胸の前で腕をクロスさせ)、後頚部で、この順番に左右交互に両手でぱたぱたと20~30回ほど叩くだけです。

詳しいやり方は発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療の中で書かれているので参考にしてください。

また、バタフライハグも同様の原理で、胸の前で腕をクロスさせ、自らを抱きしめるように、自分の肩を左右交互に叩く方法です。

深呼吸をして、安全な場所をイメージしながら行うとより効果があります。

また、「怖くないよ」、「一人じゃないよ」、「大丈夫だよ」などの言葉を自分にかけながらバタフライハグを行うと、より安心した穏やかな気持ちを感じられるかもしれません。

タッピングやバタフライハグは自分で簡単にできる方法なので、まず試してみて、自分の身体にどのような変化が出るか確認してもらいたいです。

まとめ

トラウマとは単なる嫌な記憶ではありません。

普通の嫌な記憶であれば、一晩寝ればある程度処理され、過去のこととして感じられます。

しかし、トラウマ記憶は未処理のまま身体の中に凍りついているのです。

そのため、強烈な情動と共に思い出され、いつフラッシュバックとして襲われるか分からないのです。

過去の出来事が過去になっておらず、時間はトラウマを負った時点で止まったままなのです。

トラウマを負ってしまった人はトラウマを癒し、時間を動かし、今を生きる必要があります。

トラウマを癒すためには、身体の中に未処理のまま眠っている記憶を書き換えて、処理しなければいけません。

安全に記憶を書き換え、トラウマを処理する方法としてEMDRが今、注目されているのです。

EMDRはトラウマを語ることも、薬により感覚を麻痺させることも必要としません。

今後日本でも普及し、治療を受けるハードルが下がることを期待しています。

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