私たちは子どもの頃から、ネガティブな経験を乗り越えると強くなれると教えられてきました。
しかし、最近の研究によると必ずしも強くなれるわけではなく、むしろその逆のケースの方が多いということが判明しています。
要するに逆境はトラウマになる可能性があるのです。
私たちは子どもの頃の逆境に対して、大人になってから身体的代償を支払わなければなりません。
この小児期のトラウマをACE(逆境的小児期体験)といいます。
ACE研究により、子ども時代の逆境と、成人後の身体的、精神的疾患の関係が少しずつ明らかになってきました。
ACEを深く理解できれば、長年苦しんできた原因不明の体調不良や精神疾患の原因がわかるかもしれません。
特に大人になってから、生きづらさを感じている人に読んで欲しい内容になっています。
参考書籍
今回参考にした書籍はドナ・ジャクソン・ナカザワさんが書いた小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策 (フェニックスシリーズ)という本である。
この本を読むと、私たち日本人がトラウマを甘く見すぎていたことを痛感させられます。
ACE(逆境的小児期体験)の大規模な研究により小児期の逆境体験と成人後の身体・精神的疾患の関係が明らかになったのです。
あの時のトラウマが現在の自己免疫疾患、線維筋痛症、うつ病などの精神疾患といった人生を一変させる病気を引き起こし、生きづらさや恋愛、対人関係、子育てまで幅広く影響を及ぼしているという衝撃の事実を知ることができます。
ACE(逆境的小児期体験)スコアについて
あなたがこの記事を見ていると言うことは、何か原因不明の体調不良で苦しんでいるのかもしれません。
もしかしたら、子供時代の耐え難い、心に大きな傷を負う経験が原因となってる可能性があります。
試しに以下の質問に答えてください。
質問はすべて「はい」か「いいえ」で答え、「はい」の数の合計がACEスコアになります。
18歳になる前に、以下の経験をしましたか?
- 親か同居している大人から頻繁に、または日常的に罵倒、侮辱、悪口、屈辱を受けていたか?もしくは危害が及ぶかもしれないという恐怖を与えられていたか?
- 親か同居している大人から頻繁に、または日常的に押されたり、つかまれたり、叩かれたり、何かを投げつけられていたか?もしくは跡が残ったり傷ついたりするほど強く叩かれたことはあるか?
- 大人か、少なくても5歳以上年長の人間から性的に触られたり撫でられたりしたか、無理やり相手の身体に触らせられたことがあるか?もしくは触られそうになったり、不適切に触られたり、性的に虐待されたことがあるか?
- 頻繁に、または日常的に、家庭の誰からも愛されていない、あるいは自分が大事で特別な存在だと思われていないと感じていたか?もししくは家族がお互いに関心がない、親しみを感じていない、助けあっていないと感じていたか?
- 頻繁に、または日常的に、食事が十分でない、汚れた服を着なければならない、自分を守ってくれる人がいないと感じていたか?もしくは親のアルコールか薬物依存により面倒を見てもらえなかったり、必要なときに病院へ連れて行ってもらえなかたりしたと感じていたか?
- 離婚や別居、その他の理由によって実の親と別れた経験があるか?
- 母親(継母)は頻繁にまたは日常的につかまれたり、叩かれたり、物を投げつけられたりしていたか?ときどき、頻繁に、または日常的に蹴られたり、噛みつかれたり、拳や物で殴られたりしていたか?もしくは繰り返し数分間にわたって殴られたり脅かされたりしていたか?
- 酒癖が悪い人、アルコール依存症者、または薬物を乱用している人と同居していたか?
- 家族にうつ病の人、精神疾患を抱えた人、自殺未遂を起こした人がいたか?
- 家族に刑務所に収監された人はいたか?
あらためて自身の過去を振り返り、ACEスコアが何点であったか確認して欲しいと思います。
また、「はい」が一つもないかった人も安心してはいけません。
トラウマは家庭外にもたくさん存在しているからです。
自分のACEスコアを念頭に置き、これからの説明を読むと、より理解が深まるでしょう。
トラウマによる代償
私たちは子供の頃のトラウマを負うと、その後どこかで、子供の頃のトラウマに対して身体的、精神的代償を支払わなければいけません。
つまり、トラウマは成人後の健康や寿命に影響を与え、生涯にわたって私たちを苦しめ続けることになるのです。
では、トラウマによる代償とはいったい何でしょうか?
小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策 (フェニックスシリーズ)の中でこのように書かれています。
ACEスコアが高ければ高いほど、その後の診療回数が多く、説明のつかない身体症状も増えた。ACEスコアが4の人は0の人に比べがんと診断される確率は2倍。スコアが一点増えるごとに自己免疫疾患で入院するケースは20%上昇する。4の人がうつ病となる可能性は0の人の4.6倍だ。スコアが6以上の人は寿命がおよそ二十年短かった。この明確な相関関係は小児期のトラウマを抱えていると慢性的な不安を押さえるための自己対処法として喫煙、飲酒、過食に走りやすいためではないか。成長期に経験した精神的・身体的逆境による慢性的なストレスが何十年もたってから病気を引き起こしていたのだ、健康的な生活習慣を身につけていたにもかかわらず。
p.36 p.37
小児期に逆境を多く体験している人ほど身体的、精神的疾患にかかりやすくなり、寿命にまで影響を及ぼしています。
さらに、病気だけではなく、私たちの行動、仕事、子育て、交友関係、恋愛まで幅広く人生を支配しているようです。
身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法の中ではこのようにかかれています。
報告される逆境的体験が一つ増す事にのちに診断を受ける害が増していく。例えば、ACE得点の高さは職場での常習的欠勤や金銭的問題、生涯収入の低さと相関していることが判明した。ACE得点が上がるにつれ成人期の慢性うつ病の割合も劇的に増える。ACE得点が6点以上の人は慢性閉塞性肺疾患、虚血性心疾患、肝臓病を含め死因の上位を占める疾患のどれかを抱えている割合が15%以上高かった。癌にかかる割合二倍、肺気腫の割合四倍。体にかかる継続的なストレスが大きな害を与えづけている。
p.243 p.245
私たちがいくら健康に気をつかい、体に良い食べ物を摂取し、運動に気を使おうとも子供時代にトラウマがあれば成人病のリスクが上がってしまうのです。
逆境の経験(トラウマ)と成人病には深い関係があることは確かなようです。
また、病気だけではなく、仕事、収入、人間関係まで幅広く、人生の大切な場面に陰を落とすことになります。
一見全く関係ないと思えるような過去の出来事が、成人後の身体に悪影響を及ぼしていることをACE研究が明らかにしているのです。
小児期トラウマは今まで食生活や遺伝などが原因と言われている病気も引き起こすと言われています。
身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアの中にこう書かれている
首や肩、背中の張りは時間の経過とともに線維筋痛症へ進行する可能性が高い。また、未解決のストレスにより身体的表現としてよく見られるものに偏頭痛がある。胃腸のむかつきは、よくみられるような過敏性腸症候群やひどい月経前緊張症候群、またけいれん性結腸のような消化器系の問題へと突然変異的に進行してしまうかもしれない。こうした状態は苦しんでいる人のエネルギー資源をを枯渇させてしまい、慢性疲労症候群という形に進行する可能性もある。多くの場合このような人たちは複数の症状を抱えた病人となる。救いを求めて医師から医師へとたずね歩くものの、自分たちを苦しめているものに対する解決策をほとんど得ることが出来ないのだ。トラウマは病人を苦しめる多くの症状や不調としてとてもうまく返送し、またそうした症状を作り出す。現代の人類がかかる病気の大部分は、未解決のトラウマに原因があるかもしれない。
p.219
私は長年、偏頭痛に悩まされているし、胃腸もかなり弱く、年齢の割に血圧や血糖値が高いです。
もちろん医療機関で精密検査を受けているが原因はいつも不明なのです。
さらにうつ病や不安障害など診断も成人後に受けていますが、これらの原因はすべて幼少期のトラウマにあったのでしょうか?
私はその可能性は十分にあると思っています。
ACE研究のおかげで、今の自分がなぜ、原因もよくわからない病気で苦しんでいるのか?なぜ成人後に様々な精神疾患に陥ったのか?を理解することができました。
要するに子供時代のトラウマが脳の構造を変え、成人後の健康に影響を及ぼし、身体的苦痛も精神的苦痛も引き起こしているのです。
私たちは子供の頃の環境によって人生の脚本が書かれ、成人後はその脚本どおりに人生が展開しているといっても過言ではありません。
些細なストレスが心の傷になる
心身に悪影響を及ぼすのは、ひどい虐待やネグレクト、いじめといった深刻なトラウマだけではありません。
些細な出来事であっても、それが心の傷になり、トラウマになる可能性だってあります。
例えば、親の不仲、口うるさい親、軽い侮辱、からかい、いじりなどです。
このような虐待やいじめまでは達しないものの、確実に子供にストレスを与える環境は家庭にも学校にもあふれるほど存在しています。
そして、そのほとんどが見過ごされているのです。
ひどい虐待やいじめをされたわけではないから、私にはトラウマはないはずと決めつけるのは危険だと言えます。
受けたストレスの大きさも大事ですが、さらに重要なのがストレスを受けていた期間なのです。
つまり、慢性的なストレスが非常に重要になります。
人間生きていれば困難にぶち当たるのは当然で、その都度ストレスを感じるでしょう。
通常であれば、そのストレスは一時的で、時間と共になくなっていくはずです。
しかし、もし毎日のように親から嫌みを言われたら?
もし、学校に行くたびにクラスメイトからからかわれたら?
それは子供にとって終わりの見えないストレスとなってしまいます。
この慢性的なストレスが成長期における発達段階の脳に大きな影響を及ぼしていることを知らなければいけません。
ACE研究によると何らかの問題が一つでもあった家庭で育った子供は64%にのぼるそうです
自分でも忘れているようなトラウマが子供時代にあったのかもしれません。
乗り越えることのできなかった逆境は心の傷となり、いつまでも私たちを苦しめるのです。
自分では忘れているつもりでも、確実に身体は覚えていますから。
大人になってから生きづらさを感じている人は、子どもの頃にトラウマを経験するようなストレスがなかったかを、確認してみる必要がありそうです。
トラウマが身体に与える影響-炎症
精神的なストレスが身体に炎症を起こすことは研究により証明されているようです。
怒り、不安、心配、懸念、後悔、悲しみ、喪失感といったストレスの多い感情を抱くと、脳からコルチゾールや炎症性サイトカインというストレスホルモンが分泌され、その結果炎症を引き起こします。
問題なのが、慢性的なストレスを感じると、このストレス反応が止まらなくなり、ストレスのサイクルが永遠に回り続けることです。
慢性的なストレスによりストレスホルモンのバランスが乱れ、それが炎症の原因となっています。
この炎症が私たちの身体に様々な症状や病気を引き起こすのです。
特に、発達段階の若い脳が長期ストレス状態にさらされると、体内には常に炎症を引き起こす神経伝達物質が発生している状態となり、これによりこの先やってくる病気のお膳立てができてしまいます。
小児期や思春期の慢性的なストレスやトラウマは、私たちの生活を変えてしまうほどの影響を及ぼします。
例えば、過敏性腸症候群に苦しむ女性の半数以上は小児期にトラウマを抱えているといいます。
人生は複雑で、苦しみは様々な形で訪れ、悪いことも当然起きるでしょう。
長期にわたる言葉の暴力、心理的ネグレクト、親の離婚や死、うつ病や依存症で感情の起伏が激しい親、性的虐待、メディカルトラウマ、兄弟の死、身体的暴力、学校や地域社会におけるいじめ、暴力など。
このような様々な種類のトラウマによりストレス反応が止まらなくなり、体質の変化や炎症を引き起こしているのです。
そして何年もたってから、原因不明の症状や病気(精神疾患、過敏成長症候群、自己免疫疾患、繊維筋痛症、慢性疲労、類線維腫、潰瘍、心臓病、偏頭痛、喘息、がんなど)として私たちの前に突如として現れることになります。
トラウマが脳細胞を食い荒らす
子どもが精神的な逆境やストレスに直面すると、脳の細胞から発達段階の海馬を縮小するホルモンが分泌され、感情を処理してストレスを管理する力が弱まるようです。
さらに小児期のトラウマのレベルが高いほど、意志決定や自己調節に関わる前頭前皮質、不安を処理する扁桃体、感情や気分の処理、調整に影響を及ぼす感覚連合野や小脳といった脳の重要な処理領域の機能が低下し、脳の容積も明らかに小さくなることがわかっています。
先ほど、慢性的なストレスを受けると身体に炎症を起こすと述べましたが、脳にも同様に炎症反応が起こることが最近になってわかってきました。
脳の炎症はミクログロリアという非神経系の脳細胞によって引き起こされます。
ミクログロリアは不要なものを取り除くために存在し、ミクログロリアが正常に働かないと、実際にニューロンを除去してしまうのです。
つまり必要な脳細胞を殺していることになります。
本来のミクログロリアの役割は大脳皮質に必要なニューロンの数を制御することにあります。
ところがストレスを感知したミクログロリアは倫理的思考や衝動の抑制といった基本的な機能で重要な役割を果たす領域で、脳細胞を必要以上に除去してしまう可能性があるのです。
その結果、脳細胞が減少し、うつ病、不安障害、場合によっては統合失調症などの深刻な精神疾患やアルツハイマー病などを引き起こしてしまう恐れがあります。
さらに子どもが思春期になると脳内ではニューロンをつなぐシナプスが刈り込まれる現象が起こります。
これは雑音を除去するために自然に起こることで、必要ないものを捨てて、脳が得意なことや関心のあることにフォーカスするための成長プロセスです。
しかし、トラウマを負ってしまっている人は、小児期ストレスによりすでに多くのニューロンやシナプスが除去されているため、思春期になって刈り込みが始まると必要以上にニューロンが除去される恐れがあるのです。
数年前までは全く元気であっても高校や大学になってはじめてうつ病や双極性障害の兆候が現れ始める若者が多いのはおそらくこのためでしょう。
小児期の逆境を経験した子どもは、うつ病、双極性障害、摂食障害、不安障害などを発症する確率が高く、行動力や意志決定能力に乏しいケースも多いのです。
このように炎症や刈り込みなどの脳に関する研究は小児期トラウマがうつ病などの精神疾患に密接に関係していることを理解するのに非常に役立ちます。
予測不能なストレスこそがトラウマにつながる
誰の人生もそれなりに困難であり、ストレスを感じる場面も山ほどあります。
しかし、誰もが今まで説明したような、脳に深刻なダメージを負うわけではありません。
トラウマを負っていない通常の人でもストレスに出くわせば同じようにストレスホルモンが分泌されますが、ストレス要因がなくなるとリラックス状態に戻ることができます。
また、ある程度困難を予想できれば対策を考え、ストレスを回避できるでしょう。
つまり、予測不能かつ長期に及ぶストレスが最大の問題なのです。
この予測不能な慢性的なストレスこそ、心身に大きなダメージを与えるのではないでしょうか。
なぜなら、予測不能なストレスはトラウマとなり、ストレスを受けた時点の影響だけでなく、その後の人生におけるストレス反応が再プログラムされてしまうからです。
その結果、何歳になってもストレスに過剰に反応し、リラックスして落ち着いた状態に戻ることができなくなるのです。
小児期トラウマを抱えている人は、本来なら通常のリラックス状態に戻るよう命じる遺伝子が機能していないといえます。
次いつ緊張を要する状況になるか予想できなかったため、常に警戒する習慣が身についているのでしょう。
これは毎日のように闘争・逃走ホルモンの点滴液を大量に投与されているようなものです。
このような状態に陥ると、今まで述べたような身体や脳に大きな影響を及ぼすことになります。
ACE(逆境的小児期体験)の共通点はすべて予測不可能なストレスという点です。
つまり予測可能な大きいストレスより、予測不可能な小さいストレスの方が人間にとって害が大きいのかもしれません。
最後にACE(逆境的小児期体験)による脳への影響をまとめます。
長期にわたる予測不能なストレスがミクログロリアの働きを狂わせる。ミクログロリアがニューロンを殺す。ニューロンが死に、シナプスはニューロンを結合することができなくなる。ミクログロリアが大幅に増加して神経炎症の状態をひきおこす。脳に不可欠な灰白質が量も機能も低下する。そうして脳が制御されると思考力が損なわれ、マイナス思考、不安、感情的反応、心配などがだんだん大きくなる。不安にとらわれて過度に反応した脳ではネガティブな反応や思考が多くなり、ミクログロリアの機能障害、刈り込み、慢性炎症の原因となる炎症ホルモンや物質が増える。
この悪循環が続くのです。
まとめ
小児期のストレスが発達段階の脳に影響を及ぼすことは最近までありえないと考えられていました。
しかし、ACE研究によりその常識が覆ったのです。
この重要かつ大規模な研究によって、小児期の逆境体験と成人後の身体・精神疾患の発症の関係が明らかになりました。
トラウマは様々な病気を引き起こし、生きづらさを呼び寄せます。
もちろん、すべてがトラウマのせいではありません。
遺伝や食生活、化学物質、ウィルス、感染など病気には様々な要因があるからです。
しかし、小児期のトラウマは脳に消えない傷を残します。
この傷が何十年とたった後で、病気発症のスイッチを押すことがあるのです。
まさか、今の原因不明の苦しみが、遠い昔の出来事のせいだとは思いもよらないかもしれなません。
しかし、原因が分かれば対策を打つことが出来るはずです。
小児期トラウマによる心身への影響の仕組みが明らかになるにつれて、このプロセスを阻止して、ストレスによるダメージを回復する方法も解明されてきました。
幸いなことに脳は柔軟であり、修復可能なのです。
小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策 (フェニックスシリーズ)はトラウマによるダメージから回復し、本来の自分を取り戻す方法まで記してくれています。
その方法を知る前に、まず今回書いたトラウマと体・脳・心の関係を正しく理解する必要があると思います。
有り余るほどの将来性と無限の可能性を持って生まれてきた人が、トラウマにより人生を台無しにしてしまうことは本来あってはならないことではないでしょうか。
苦しんでいる本人や、家族、教育者はもちろん、様々の人に小児期トラウマが与える影響について知ってほしいです。