「逆境が人を成長させる」という古くからある言い伝えは正しいのでしょうか?
もし、正しいとすれば、子供のころから多くの逆境を経験している人ほど、人間的に成長し強くなっているはずです。
しかし、現実を見渡してみると、逆境が人を成長させるとは限らないようです。
私は子どもの頃に虐待やいじめを経験しましたが、その過酷な困難のおかげで成長したとは全く思いません。
むしろ、今を生きる上で支障でしかないのです。
精神疾患やトラウマについて様々な文献を調べてみると「辛いことが人を強くする」は真実ではないことが理解できます。
あえて、正しく言うとしたら「困難を乗り越えた経験が人を強くする」のです。
その裏で困難に打ちのめされている人がいることも忘れてはいけません。
誰の人生にもそれなりの逆境は訪れますが、その逆境を乗り越えて成長していく人と、打ちのめされて立ち上がれなくなる人ではいったい何が異なるのでしょうか?
今回は人生を歩む上で避けては通れない、逆境との向き合い方について考えていきたいと思います。
1、打ちのめされる人々
ストレスを感じ続けても、誰もが健康を失うわけではありません。
そのストレスを乗り超えて、精神的な安定を手に入れ、成長を掴み取ることのできる人もいます。
しかし、そのストレスを乗り越えることができず、打ちのめされてしまうと、私たちはどうなってしまのでしょうか?
私たちは逆境や困難に完全に打ちのめされると、二度と立ち上がれないほどの傷を負うことになり、その後の試練に耐えることが難しくなるのです。
そして、常に精神的に不安定になり、回復力も失ってしまいます。
つまり、乗り越えられなかった逆境は人を弱くしてしまうのです。
まず、このことをしっかり理解しなければいけません。
特に心身ともに発達段階にある小児期から青年期にかけて強烈な困難に出くわすと、その後の人生に大きな支障を来します。
また、長期に及ぶ慢性的なストレスや予測不能なストレスは人間の脳に多大な影響を与え、成人後に様々な身体的、精神的疾患として表面化するのです。
虐待やいじめのような壮絶な困難を受けた人のほとんどは、大人になってからも立ち直れずに苦しんでいます。
虐待やいじめのような困難は、もはや乗り越えるといった次元の問題ではないく、極度なストレスは人を二度と立ち上がれないようにしてしまうのです。
身体に閉じ込められたトラウマ:ソマティック・エクスペリエンシングによる最新のトラウマ・ケアの中にこのように書かれています。
トラウマを受けた多くの人々、特に慢性的にトラウマを受けた人は、感情的支えがほとんど、あるいは全くない世界に生きており、そのためますます脆弱になる。破滅的な出来事の後(暴力、レイプ、手術、戦争や自動車事故など)もしくは小児期の長期的虐待、ネグレクト、いじめの結果、トラウマを受けた人は友人や家族や親密なパートナーと暮らしている場合でも自己を孤立させる傾向にある。あるいは何とかして自分を助けて守ってもらうことを期待し必死に他者にしがみつく。いずれの場合も、彼らは誰もが成長のために求め必要とする真の親密さ、健康的な所属感を奪われている。同時にトラウマを受けた人は親密さを怖れ避けようとする。
p.131
つまり、トラウマになるような出来事は人を脆弱にし、周りの人々との関わりを希薄化させ、人間の成長を止めてしまうのです。
私たちは完全に打ちのめされる前に、手を打たなければいけないのです。
2、逆境が少なすぎる人もまたストレスに弱い
困難な出来事に打ちのめされると、人は脆弱になってしまうことが理解できたと思います。
では、幼少期から辛い出来事がなかった人の方が精神的に強くなるのでしょうか?
小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策 (フェニックスシリーズ)の中でこのように書かれています。
逆境が全くない環境は心身の健全な発達に最適とは言い難い。つまり小児期逆境のアンケート(軽度のストレスも含む)でスコアが0の患者も子どもの頃深刻な逆境を経験した患者と同じように背部痛に苦しみ、不安症やうつ病の治療を受けようとしていた。
p.100
全く逆境のない人は深刻なトラウマを経験した人と同様な症状に悩まされているようです。
つまり、全く困難のない人生もまた、人を弱くしてしまいます。
これは、今まで困難を自分で乗り越えた経験がないため、大人になって逆境に出会ったとき、簡単に心が折れてしまうからでしょう。
小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策 (フェニックスシリーズ)の中で精神的に強くなる人の特徴が書かれています。
一方である程度の逆境はあったものの、それほど多くはなかった患者は、成人後の背部痛や不安症、うつ病の確率は最も低かった。すなわち、小児期や思春期の適度の多すぎず、少なすぎずの困難を経験すると、対処能力、回復力、そして成人後の慢性的な消耗性の痛みに向き合う力を身につけることが出来る。
p.100
ある程度の困難を体験するのは良いことで、その困難を乗り越えることができれば、それは良い経験となり、未来の逆境に立ち向かう勇気となります。
つまり大きすぎず、少なすぎない中程度のストレスが人間を強くするのです。
中程度のストレスを何度も経験し、それを乗り越えてきた人は、日常生活で苦痛を感じることが少なく、新たな逆境に直面してもストレス反応をほとんど示さず時間とともに人生の満足度が高くなります。
標準的なストレスによって、臨機応変な方法、自分をなだめること、立ち直り、回復力を身に着けることなどを学ぶのです。
困難を乗り越えることができた人はより強くなり、さらに大きな困難に立ち向かうことができます。
しかし、有害なストレスにさらされ、困難に打ちのめされてしまった人は、その次に起こるできごとに対処できなくなってしまいます。
大人になったとき、この差が顕著に表れるのです。
3、助けてくれる人が周りにいるかどうか
乗り越えられない困難に出会い、深い傷を負っても、立ち直り回復することができる場合もあります。
それは助けてくれる人、支えてくれる人が周りにいるかどうかです。
特に子供にとっては頼りにできる大人の存在は大きいと思います。
家族や友人、学校の先生、職場の同僚などからサポートを受けることができれば大きな困難でも乗り越えることができるかもしれません。
また、逆境的体験を打ち明け、それを受け止めてくれる人がいるだけで、その後の立ち直りは早くなります。
しかし、もし本来助けてくれるべき人がサポートしてくれなかったり、困難を打ち明ける環境がなかった場合、すべてを自分で抱え込むことになり、心身にかかる負担はとてつもなく大きくなります。
特に助けてくれるべき人がストレスの主要因になる場合は非常に危険です。
例えば、親からのネグレクトや虐待、家族の中に依存症や精神疾患がある人がいる場合、友人や先生からのいじめなど。
本来自分のことを愛し、サポートしてくれるべき存在からの裏切りは、とてつもなく大きな傷となり、その後の人生を壊してしまう。
4、稀にいる強靭な人たち
これまで乗り越えられない困難は人を弱くし、その後の人生に負の影響を与えると述べてきました。
しかし、子供のころから壮絶な困難に何度も遭遇しながらも、なかには全く問題のない人もいます。
トラウマになるような出来事がプラスに転じたケースも存在しているようです。
アメリカの歴代大統領のうち3分の1が親を失ったか、親が子供に無関心だったといいいます。
日本でも親の死やネグレクト、虐待といった壮絶な経験をしながらも偉業を達成している著名人は多く存在しています。
絶望の中から、不屈な精神が生まれることもあります。
しかし、その確率はかなり低いようです。
小児期トラウマがもたらす病 ACEの実態と対策 (フェニックスシリーズ)の中でこのように書かれています。
しかし、小児期の逆境は私たちが前に進むのを妨げる確率の方が遥かに高い。グラットウェルが気づいたように、早くに親を亡くした10人のうち9人がは苦しみに押しつぶされる。有害なストレスや逆境の経験を持つ子供のほとんどは、助けがなければ立ち直ることができない。大人になって幸せで満ち足りた人生を目指そうとしても、無意識のうちに目に見えない過去の感情に抗いながらもがいている。
p.98 99
壮絶な困難に遭遇し、その苦しみのせいで心が鍛えられ、国家を導くほどの精神力を手に入れたとしたら、それは素晴らしいことだと思います。
しかし、このヒーローのような話が美化され、困難は人を強くするという言葉が当然のように認められてしまうことは非常に危険なのです。
ストレスが身体、脳、心に及ぼす影響は個人差があり、10人に9人は打ちのめされてしまうという事実を忘れてはいけません。
5,ドラクエのような人生が理想的
ドラゴンクエストというゲームをやったことがあるでしょうか?
私は小さいころにかなりはまっていましたが、今思うとドラクエのような人生がとても理想的と思えます。
最初、主人公はレベル1の状態からスタートし、主人公の強さに合わせた敵が現れる。
工夫すれば何とか勝てる相手だからこそ、一生懸命プレイするし、楽しさを感じられます。
敵を倒しながら、経験値を稼ぎ、レベルアップし、さらに強い相手に挑む。
そして、一人では倒せない敵にも、途中で出会う仲間と協力すれば勝つことができる。
もしレベル1の状態でいきなりラスボス級の相手が遭遇したら、二度と冒険に出ることができないほどの傷を負い、一生最初の町から出ることがでしょう。
ドラクエのような今の自分のレベルにあった困難と遭遇し、ときに家族や仲間のサポートを受けながら、その困難を乗り越え、経験値を得て、よりレベルの高い自分になる。
そして、次なるより大きな困難に挑み、さらに成長していく。
このくり返しが人を成長させるのです。
自分のレベルに合っていない困難に出会うと、戦う勇気すら奪われてしまいます。
6,まとめ
私は子どもの時、大人たちから「辛いことから逃げずに、耐えることで強くなる」と教えられてきました。
当時、その言葉に違和感を覚えていましたが、今ではその違和感は間違っていなかったと自信を持って言えます。
事実、私は虐待や学生時代の酷いいじめに耐え続けたことで得られたものは何もありません。
それどころか、精神疾患や原因不明な体調不良など、その後に大きな代償を支払わなければならなくなりました。
一度、大きな困難に打ちのめされると、私たちの脳は世間が恐くて危険な場所で、そこに生きている人間も恐くて危険な存在だという確証をたえず探し求めてしまいます。
そのため、私たちは恐ろしい記憶を何にでも当てはめようとし、その結果不安が大きくなって簡単には安心できなくなるのです。
大事なことは、困難に遭遇したときのストレスが有害なものか、あなたを成長させるものかを見極めなければいけません。
苦しみに押しつぶされる前に、戦うか、逃げるかの行動を起こさなければいけないのです。
困難や逆境から逃げることは決して悪いことではありません。
打ちのめされるくらいなら、逃げてしまったほうがその後の人生のプラスになります。
もし、乗り越えることが難しい困難に出会ったら、信頼できる誰かに打ち明けたり、助けを求めたりしなければいけません。
逆境を乗り越えて、過去を過去として振り返ることが出来て初めて、人は成長を手にできるのです。